自営業者の日常と苦悩
自営業、それは自由とお金持ち、そんな夢をみて私はもう30年、自分の会社を持ち
仕事をしてきました、実際今現在は従業員5名の小さいながらも安定した会社の社長を続けています。
自営を始めたての頃は寝るのも惜しんで色んな仕事をこなしてきました、それは安定とお金が欲しかったからだと思います。
そのうち信用もついてきた頃、定期的な仕事の話がちらほら出てきたんです。
いつしか一人だけでは仕事が回っていかなくなり人を雇うように!はじめのうちはよかった、雇った人もまじめで
しかし1年経過してきた位でしょうかその社員はよく遅刻するようになってきた、
一度昼に出社してきたことがあり、起こったら次の日には辞めていきました。
それでも孤独に仕事をこなしハローワークに募集をかけ何十人も面接してきたんです。
その中でも比較的若い世代の人が何人かいました内定をだすとありがとうございます。
頑張ります。
と言うけど出社せず、、、。
連絡しようにも電話にもでません、起こっているわけでもないのに、只どう言う心境なのかそれだけが知りたい、
それだけなんです。
自分も以前サラリーマンをしていましたが無視する人の気持ちが分からない、その時は真剣に悩みました。
悩んでいても仕方ない、それでも一人で仕事をこなせない程の量なのであきらめず募集をかけました、
50人目くらいでしょうか?自分と同い年の方が面接にきてくれたんです。
その人は年も同じせいか話も合って、経験者だったこともあり即採用しました、あとは色んな人間も
入ってはやめて行きの繰り返し。
厄介なことに最近労働基準法と言うものが厳しくなり昔のやり方は通用しなくなってきたと言うことです。
ヘンにアンテナを立てた従業員がいて、朝の出社時間から帰宅するまでも労働時間だと言い出し、給料の
未払い金があると請求してきたこともありました。
それも労働基準監督署に訴えて!とても勝手な言い分だったので事なきを迎えましたが、当人は納得していませんでした。
こんなことがあるとサラリーマンだった時がどれだけ気軽だったでしょうか。
今更サラリーマンに戻ることもできないのでがむしゃらにしがみついて誰よりも仕事をしました、
今でもそうです。
おかげでとは言いませんが現在は安定してよい従業員にも恵まれて、みんなにお給料が払えています。
でもこの先どうなるか分からない、油断は禁物、楽をしたくて自営業を始めたのに人より苦労しないと
楽にはなれないと言うことを痛感した30年でした。
仕事をしてきました、実際今現在は従業員5名の小さいながらも安定した会社の社長を続けています。
自営を始めたての頃は寝るのも惜しんで色んな仕事をこなしてきました、それは安定とお金が欲しかったからだと思います。
そのうち信用もついてきた頃、定期的な仕事の話がちらほら出てきたんです。
いつしか一人だけでは仕事が回っていかなくなり人を雇うように!はじめのうちはよかった、雇った人もまじめで
しかし1年経過してきた位でしょうかその社員はよく遅刻するようになってきた、
一度昼に出社してきたことがあり、起こったら次の日には辞めていきました。
それでも孤独に仕事をこなしハローワークに募集をかけ何十人も面接してきたんです。
その中でも比較的若い世代の人が何人かいました内定をだすとありがとうございます。
頑張ります。
と言うけど出社せず、、、。
連絡しようにも電話にもでません、起こっているわけでもないのに、只どう言う心境なのかそれだけが知りたい、
それだけなんです。
自分も以前サラリーマンをしていましたが無視する人の気持ちが分からない、その時は真剣に悩みました。
悩んでいても仕方ない、それでも一人で仕事をこなせない程の量なのであきらめず募集をかけました、
50人目くらいでしょうか?自分と同い年の方が面接にきてくれたんです。
その人は年も同じせいか話も合って、経験者だったこともあり即採用しました、あとは色んな人間も
入ってはやめて行きの繰り返し。
厄介なことに最近労働基準法と言うものが厳しくなり昔のやり方は通用しなくなってきたと言うことです。
ヘンにアンテナを立てた従業員がいて、朝の出社時間から帰宅するまでも労働時間だと言い出し、給料の
未払い金があると請求してきたこともありました。
それも労働基準監督署に訴えて!とても勝手な言い分だったので事なきを迎えましたが、当人は納得していませんでした。
こんなことがあるとサラリーマンだった時がどれだけ気軽だったでしょうか。
今更サラリーマンに戻ることもできないのでがむしゃらにしがみついて誰よりも仕事をしました、
今でもそうです。
おかげでとは言いませんが現在は安定してよい従業員にも恵まれて、みんなにお給料が払えています。
でもこの先どうなるか分からない、油断は禁物、楽をしたくて自営業を始めたのに人より苦労しないと
楽にはなれないと言うことを痛感した30年でした。