猫との日常
ウチの愛猫さくらとの日常、我が家の愛猫さくら。
これは23年間生きたさくらとの思いで日記、初めてさくらが我が家気来たのは23年前。
娘が知り合いに連れられ動物病院に行った時の事、病院内で獣医さんが目をはなしたスキに
チンチラとシャム猫が結ばれ7匹のミックスが生まれました、その子らは無料でほしい方にお譲りします
とのことです。
その際私に娘が電話をかけてきて、ねー猫かっていいーと突然の申し出!
私としては人より先に〇んでしまうのでかわいそうだから駄目!!と答えました。
その日の夜帰宅、ふー疲れたーと椅子に座ろうとしたとき椅子のしたから
ピョコン小さな白っぽくふわふわした物が飛び出てきました??
一度見てしまうともうダメでした、その愛らしさに一目ぼれ、あぁもう駄目だかわいい!
その日から猫との生活が始まりました。
この子はとてもおとなしく壁や柱に爪をたてることもなくおもちゃでよく遊ぶ子でした。
私が疲れて仕事から帰宅するといつも膝の上に座ってゴロゴロ、動くとかわいそうなので
トイレも我慢して最高2時間も座らせたりしました。
そんな月日が7年ほどたった時、娘が就職し寮に住み始め、さくらは私と奥さんだけのものに!
子供がいなくなりさくらをわが子のようにかわいがりました、
さくらも愛情を感じていたと思います。
本当に沢山なエピソードがあり 特に印象的なことは、完全な家猫だったので他の猫を見たことが無かったせいか
ベランダからお隣さんの猫が侵入してきて、さくらの猫草をムシャムシャ食べていて
その猫をみてビビりちらし、2メートルほどジャンプ!その時恐らくちびったんでしょう、
カーテンにおしっこがついていました。
ビビりちらかしたさくらはそのままタンスの上に避難、固まってしまい動かない!
ようやく隣人の猫もいなくなり落ち着いたのでさくらにおいでおいでと言いながら
手を伸ばして抱っこしてあげようねーと、赤ちゃんことばで近ずきましたが、
ビビりすぎてなかなか出てきません。
ようやく出てきたとき私がもうおらん、もうおらんと話しかけると
はっきりは言いませんが(ブーンもぅおらんの〜)と言いながら出てきた時は
大爆笑しました。
そんなさくらとの生活も22年を過ぎた頃だいぶ弱ってきて一度天国に行きそうになりました
私は眠ることなく一晩中看病、何とか一命をとりとめてそれからやく一年、生きてくれました。
しかしこの一年どんどん老化が進み弱ってきました朝晩のおしめの交換も私の仕事でした
最後見取るときは自分の親のときよりも号泣してしまったのです。
こんなことを書いていたらまた悲しくなってしまった今日この頃。
これは23年間生きたさくらとの思いで日記、初めてさくらが我が家気来たのは23年前。
娘が知り合いに連れられ動物病院に行った時の事、病院内で獣医さんが目をはなしたスキに
チンチラとシャム猫が結ばれ7匹のミックスが生まれました、その子らは無料でほしい方にお譲りします
とのことです。
その際私に娘が電話をかけてきて、ねー猫かっていいーと突然の申し出!
私としては人より先に〇んでしまうのでかわいそうだから駄目!!と答えました。
その日の夜帰宅、ふー疲れたーと椅子に座ろうとしたとき椅子のしたから
ピョコン小さな白っぽくふわふわした物が飛び出てきました??
一度見てしまうともうダメでした、その愛らしさに一目ぼれ、あぁもう駄目だかわいい!
その日から猫との生活が始まりました。
この子はとてもおとなしく壁や柱に爪をたてることもなくおもちゃでよく遊ぶ子でした。
私が疲れて仕事から帰宅するといつも膝の上に座ってゴロゴロ、動くとかわいそうなので
トイレも我慢して最高2時間も座らせたりしました。
そんな月日が7年ほどたった時、娘が就職し寮に住み始め、さくらは私と奥さんだけのものに!
子供がいなくなりさくらをわが子のようにかわいがりました、
さくらも愛情を感じていたと思います。
本当に沢山なエピソードがあり 特に印象的なことは、完全な家猫だったので他の猫を見たことが無かったせいか
ベランダからお隣さんの猫が侵入してきて、さくらの猫草をムシャムシャ食べていて
その猫をみてビビりちらし、2メートルほどジャンプ!その時恐らくちびったんでしょう、
カーテンにおしっこがついていました。
ビビりちらかしたさくらはそのままタンスの上に避難、固まってしまい動かない!
ようやく隣人の猫もいなくなり落ち着いたのでさくらにおいでおいでと言いながら
手を伸ばして抱っこしてあげようねーと、赤ちゃんことばで近ずきましたが、
ビビりすぎてなかなか出てきません。
ようやく出てきたとき私がもうおらん、もうおらんと話しかけると
はっきりは言いませんが(ブーンもぅおらんの〜)と言いながら出てきた時は
大爆笑しました。
そんなさくらとの生活も22年を過ぎた頃だいぶ弱ってきて一度天国に行きそうになりました
私は眠ることなく一晩中看病、何とか一命をとりとめてそれからやく一年、生きてくれました。
しかしこの一年どんどん老化が進み弱ってきました朝晩のおしめの交換も私の仕事でした
最後見取るときは自分の親のときよりも号泣してしまったのです。
こんなことを書いていたらまた悲しくなってしまった今日この頃。